「アプリコット」の由来
カラコルム山脈7000m級の峰々を仰ぐパキスタン・フンザは最後の桃源郷とも呼ばれ、この一帯では春になると氷河の雪解け水で育まれたアプリコットの花が一斉に咲き乱れます。厳しい自然の中で美しいアプリコットの花を抱いた桃源郷のように、お客様に安心感を味わって頂きたいという思いを込めて、弊所を「アプリコット」と名付けました。
インターネットの消費者問題に取り組む
弊所は2009年4月2日に「行政書士事務所アプリコット」として開業しました。当初はインターネット・オークション、情報商材の解約に特化した消費者問題に取り組み、開業初年度に年間3000件以上の相談・依頼を受け、被害回復の金額は4000万円を超えるという望外の成果を上げました。この間、約1000通を超える内容証明を作成し、毎日、あまりにも大量の内容証明郵便を持ち込むため、郵便局から「日中は持ち込まないで欲しい」と要請を受けたことも今となっては良い思い出です。このインターネット消費者問題は好評を博したのですが、ネットオークションは各社がトラブル対策に力を入れ始めたことと、悪質な情報商材を販売していた会社が倒産したことで徐々にニーズがなくなり、2011年にサービスを停止しました。
ビザ申請の業務を開始する
消費者問題から遅れること半年、2009年11月から外国人のビザ申請業務を開始しました。当時はまだ、今ほど在日外国人の数は多くなく、数多ある行政書士業務の中で国際業務は完全な亜流でしたが、混沌とした状況の中で色んな可能性を模索するこの仕事は何となく私の肌に合いました。元々、サラリーマン時代の趣味が海外旅行で、異文化に触れる機会を数多く体験するうちに、外国人相手の仕事をするのが全く苦でなかったのが大きかったかもしれません。国際業務を開始してから、しばらくは順調で、たくさんの業務をさせて頂きましたが、2011年3月11日に発生した東日本大震災では、外国人クライアントの多くが母国へ帰国する事となり、私も廃業を覚悟しました。しかし、そんな中でも少ないながらご依頼を頂き、何とか乗り換えることが出来ました。また、この時期は円高が続き、国内の製造業の多くは苦境にあえいでいました。それもあって、日本から海外進出する企業の一助となるべく、世界各国のビザ制度を研究する団体の立ち上げに参画しました。「イミグレーションロー実務研究会」と名付けられたこの研究会は、現在では日本でも有数の移民法研究団体の一つとなるまでに成長しております。
海事代理士になり、屋号を改める
2018年秋に、弊所のクライアント様より屋形船の開業を考えていると聞かされ、海事代理士の資格を取得するよう要請されました。勉強時間もあまり確保できず、久しぶりの資格試験と言うことで不安もありましたが、無事に合格している事が分かりました。そして、船舶のこと、海の法律を勉強していくうちに、「本腰を入れてやってみよう」という気持ちになり、海事代理士登録を行い、屋号を「行政書士・海事代理士事務所アプリコット」と変更致しました。
アプリコットのこれから
開業して既に10年以上が過ぎ、気がつけば自分を取り巻く状況もすっかり変わってしまいました。少子高齢化の波が地方都市を中心に押し寄せ、今や外国人労働者抜きで経済を支えることは難しくなってきているとも言われています。しかし、私達は決して日本の将来を悲観する必要はなく、むしろこの低迷期に生み出された様々なビジネスもあります。私のような仕事をしていると、海外からの日本を見る目を実感できます。日本へ留学したい、日本でビジネスを立ち上げたいという外国人はやはり多いのです。それだけの魅力を持った国であるということを自信を持って断言できます。そして、その魅力を最大化するべく、弊所はこれからも邁進していきます。